唐辛子を韓国に持って行ったのは、あの戦国武将だった???

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先日、韓国料理教室にいったとき、全然家庭料理が辛くなくて、「韓国料理ってもっと辛いイメージがありました〜!」
といったら、オモニが、
「唐辛子の歴史ってもっと浅いよ」
と言ったのです。
 
「秀吉が朝鮮出兵で負けて帰るときに、お前らこれ食って死んでけ〜!って投げてきたのが始まりよ。」
 
とのこと。
 
まじで!?
秀吉のひどいやん!と思って調べてみました!
朝鮮出兵というと、文禄・慶長の役は1592年と1597年。
今が2017年だから、唐辛子の歴史は420年???
今まで韓国料理=辛いと思っていたのも、たったの420年という年月だけ!???
 
 
興味がわいて、調べてみることにしましたてれ
今回もめちゃくちゃピンポイント!
“唐辛子”に関してだけきらきら
 
 
【豊臣秀吉が唐辛子を持ち込んだ!?】
韓国でが唐辛子が渡ってきたのは豊臣秀吉が持ってきたからという説がどうやら有力のようです。
 
本1614年、韓国初の百科事典「芝峰類設」にて”倭芥子”という言葉が登場。この”倭”は日本を意味します。
 
本1943年、韓国の歴史を記す書物「故事通」に、ヨーロッパの唐辛子がタバコと一緒に日本から朝鮮出兵の際に日本軍が持ってきた、と記されている。
 
本1978年、高麗(918~1392年)以前の韓国食生活史研究にて、当時はまだキムチに唐辛子が入っていなかったとされている。
 
 
その後豊臣秀吉が武器(目潰しや毒薬)として持ってきたという説が有力とされたのです。
また、武器だけでなく、朝鮮は寒いので血流促進作用や凍傷予防にも役立っていたとされているのだそう。。。
 
 
しかし!!!
 
なんと、朝鮮へ唐辛子を持ち込んだのは豊臣秀吉ではない、朝鮮半島にもともと唐辛子はあったのではないか???そういった説が近年浮上!研究中だそうです。
 
その証拠がこちら↓↓sao☆
本1709年、「大和本草」に唐辛子は韓国から伝わったと考慮され、朝鮮出兵の際に伝わったという説は根拠がないと言われ始めた。
 
 
 
唐辛子が使われる韓国の代表的な料理、キムチについて見ていきましょうてれ
ここから何かがわかるかも♡
【キムチはいつ朝鮮へ???】
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キムチの歴史はなんと、4000年も前(と、中国は主張)!
中国の最古の詩篇「詩経」にキムチの存在がのっているのです。
しかし、このときのキムチは唐辛子を入れた一般的な今の韓国のキムチとは違い、酢漬けや塩漬けだったそうです。
4000年以上も前から酢漬けや塩漬けのようなものがあったなんて、、でもあったと言われているだけで、まだこの時代を決定づける王朝の”夏王朝”や”殷王朝”は決定的な証拠はないのだとか。。いや、殷はあると考えてもいいのかなてれ
 
4000年前の日本といえば、縄文時代の後期でした。。
 
キムチに戻ります汗
唐辛子は15世紀にポルトガルから伝来し、吸収で栽培に成功した、それを白菜などと一緒に漬け込んだものが唐辛子を入れたキムチの始まりで、当時は漁師の保存食となり、脚気(ビタミン不足で起こる病気)を防いだと言われています。
その後朝鮮出兵の際に秀吉が保存食や滋養食として持ち込んだのが朝鮮に伝わり、一般的な戦闘食になったと言われています。
 
ただ、16〜18世紀に中国で白菜の品種改良がされて、現在の白菜の形になったので、15世紀に日本人が食べていたキムチは現在のキムチとはだいぶ異なる形状だったとも言われています。
昔の文献は後々書き足したものが多く、明確にわかりにくいからこそ、こうして研究されているんですね汗
 
 
ともあれ、朝鮮出兵以前にもキムチに似たものは中国から伝わってきていて、ただ唐辛子は入っていなかった、塩漬け、酢漬け、山椒や胡椒を入れたものが一般的だったようです。
 
そして秀吉が唐辛子(現在の唐辛子とはまた少し違う、品種改良前??のようなもの)を持ち込んだため、唐辛子入りのキムチが韓国で定番となったんですね〜てれ
 
 
唐辛子いりが定番になったのは、山椒や胡椒よりも、唐辛子の方が栽培が簡単だったそうですよ!きらきら
 
 
 
 
ここで一つ疑問がでます。。
【なぜ、日本ではキムチはそれほど広まらなかったのか???】
キムチが日本由来だとしても、日本の家庭で、キムチがなきゃ困る!!!!というところはなかなか見つける方が難しい。
同じ漬物ならば、ぬか漬けや浅漬けの方が、日本人は常備しますよね。
これには、きちんと理由があったんです。
 
日本は古くから肉食を禁忌していました。これは天武天皇のとき675年です。以来度々肉食禁止令は出ていて、明治天皇のお父さん、孝明天皇の時代まで、肉食は悪しきもの、という思想が根付いていました。
そのため、日本人には、肉という動物性油脂や動物性たんぱく質を相殺するために唐辛子という強烈な香辛料を使う必要がなかったのです。
つまり、唐辛子は日本人には刺激が強すぎた!
必要とするような食生活ではなかった!!
 
 
これが日本にキムチが広まらなかった理由だと言われています。
 
確かに相殺するものがないのに、刺激物だけ食べていたら胃の中を壊します。魚食べてないのに、わさびだけ食べるような、玉ねぎばっかり毎日大量に食べるような、胃もたれしそうな話。
 
 
 
【唐辛子の原産国は??】
唐辛子は”唐”辛子という名前がついていますが、この”唐”は中国の方々には残念ですが、中国を意味してはいません。
ただ単に”外国”ということを意味しています。
 
原産国は中南米。
コロンブスが新大陸発見の際に見つけ、ヨーロッパやアジアに広まったと言われています。
もともとはアジアの大陸にはなかった種だというのが有力。
アジアには別の種類の唐辛子なるものがあったと言われていますが、これが現在のあの赤い唐辛子と同じものであるということは極めて低いとされています。
 
コロンブスが見つけてヨーロッパに持ち帰ってから、ポルトガルにより、長崎の港へやってきて、吸収での栽培、当時は都は京都だったので、関西あたりまで唐辛子は広まったようです。
 
豆知識ですが、九州の一部では唐辛子のことは”胡椒”と呼ぶこともあるそうです。
これは”唐”枯らしという音を嫌ったからだとかてれ
 
 
 
 
 
唐辛子と韓国の関係、豊臣秀吉の関係を見ていきましたが、歴史のピンポイントをクローズアップしていくのも楽しかったです。
調べれば調べるほどいろいろなことが出てきます。
いろいろな疑問も出てきます。
また気になったことはちょくちょく裏ブログに書いていきますね〜♡
 
もし、この記事が楽しかったと思ったら、いいねをお願いします!不定期ですが、記事を書いていきます〜ayaぺこり
 



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